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特別コラム:鉄鋼生産の脱炭素化と水素をめぐる現状

カーボンニュートラルを目指す2050年までの世界の鉄鋼製品需要予測では、鉄スクラップのみでは将来にわたり鉄鋼の需要を満たす事ができない。鉄スクラップの予測発生量、鉄鋼の市中備蓄量(過去に生産して現在建物やインフラとして存在し、将来は鉄スクラップとなる予定の鉄鋼量)の双方を足しても、鉄鋼需要の予測を遥かに下回るからである。鉄鉱石から鉄鋼製品を製造する事は、今後も継続していくと見られている。

鉄は酸素と結び付きやすい性質のため、鉄鉱石として自然界に存在する鉄の鉱石は酸素と結びついており、この酸素分を取る為に同じく酸素と結びつく炭素(Carbon)を使い「還元」(酸化鉄から酸素を除去)する。鉄の製法には「高炉製鉄法」、「電炉製鉄法」、「直接還元製鉄法」の3種類があり、鉄スクラップを溶解して鉄に戻す電炉製鉄法以外では、「還元」時に大量の二酸化炭素が発生する事が避けられない。

鉄スクラップを溶解する電炉法では鉄鋼製品の品質に一定の限度があり、高炉法もしくは直接還元製鉄法で二酸化炭素を大幅に減らす方法(工法及び工程)が必要となる。高炉と直接還元鉄製法で二酸化炭素を減らす為に必要となるものが、「水素」である。いずれの場合でも、炭素を発生させずに生産する「グリーン水素」が必ず必要になる。

高炉で発生した二酸化炭素を水素によりメタンに改質し、そのメタンをコークスの代替えとして高炉で使用する製鉄法が、高炉における究極的な脱炭素の「カーボンリサイクル高炉工法」として紹介されている。同じく、欧米を中心にすでにプロジェクト開発が進められているものが、直接還元鉄製法にグリーン水素を用いる方法である。現在還元炉で使われている天然ガス(メタン)を水素に代える事である。投入原料や水素を予め加熱し、還元不良を起こさない為のパラメーターや工法の開発が進められる一方で、大量生産に限界がある為、1炉あたりの生産能力が年間300万トン程度である事が問題となっている。

いずれの場合でも、原料であるコークスや天然ガスと同等の価格でグリーン水素を手に入れる事が最も重要で、そして最大の課題となっている。

欧州政府は2020年7月に「欧州水素戦略」を発表し、グリーン水素をエネルギー転換の大きな柱の1つとして掲げ、様々なプロジェクトが進行中である。その中で、現在グリーン水素製造に関して、深刻な問題が顕著化しつつある。
グリーン水素製造で主要な工法はプロトン交換膜(PEM: Proton Exchange Membrane)電解槽である。イオン交換の効率を上げる為にアノード側の触媒に白金類(PGM: Platinum Group Metals)と希土類を含む触媒が使われている。
この触媒に必要とされる鉱物の中で「絶対量」が足りず代替材料や減量が開発の主なテーマとなって来たものが「イリジウム」と「スカンジウム」である。イリジウムは世界生産が年間10トン以下で、スカンジウムも20トン程度しかない。この問題について、2022年1月、ドイツの連邦地球科学天然資源研究所(BGR:Germany’s Federal Institute for Geosciences and Natural Resources)が詳細なレポートを上げている。その中で、2040年までにスカンジウムの需要は2018年の世界生産量の2.5倍以上、イリジウムの需要も2018年の生産量の5倍以上になる、と警告している。
現在、スカンジウムの生産は中国とロシアが中心で、世界生産の75%以上が中国、2位のロシアを含めて年間世界生産量は両国で推定14〜16トンと見積もられている。イリジウムはスカンジウムよりも更に希少な金属である。生産の増量が難しいだけで無く、南アフリカ共和国だけで世界生産の80〜85%を占め、その後にロシアが続く。2020年の世界生産量は8トン程度である。
使用量を減らす技術開発が進み、レ二ウムとの化合物、更にイリジウムを使用しないマンガンとコバルトの合金が開発されているが、それらの触媒金属の量産技術、合金の使用耐年数の検証、更に製造コストの問題を解決したものが出るまでは、この2つの金属がボトルネックになると言われている。またコバルトも供給量を増やす為には時間が掛かり、更にEV車の普及によりリチウムイオン電池の主要な材料として需要が急増する事が既に予測されている為、解決策として決定的なものでは無い可能性がある。BGRのレポートでは2040年にはスカンジウムの年間需要は24トン、イリジウムの年間需要は34トンとなっており、増産がほぼ不可能なイリジウムは供給で大きな問題を抱える可能性が高い、と警告している。

また、国際再生可能エネルギー機関(IRENA)が最近発行したレポート「Geopolitics of the Energy Transformation: The Hydrogen Factor:エネルギー変換の地政学:水素因子」でも同様の事が述べられている。プラチナやイリジウムを含む電解槽(アンモニア製造用の固体酸化物電解槽(SOE)を含む)に必要な原材料の供給がひっ迫し、水素のコストを上昇させる可能性がある事を伝えている。

加えて、電気分解槽に使うエネルギーは再生可能エネルギーに限られる為、同時に設置する再生可能エネルギー源からのエネルギー発生の振幅に対応して電気分解槽そのものを予め大型に設定し、エネルギー発生が少ない時は、低効率(非効率)な運用を強いられる事になる。これも、コスト増の要因となる。
原子力発電を電気分解のエネルギーとして利用する場合は、発電されたエネルギーを他に使う方が効率が良く、水素発生の為に利用すれば、必然的にグリーン水素のコスト高を招き低価格化のネックとなる可能性がある。


水素は1970年代から「究極のエネルギー」として何度も話題にあがり、公的機関を中心に投資もされてきた。しかし、その化学的な性質から、生産、輸送、保管、燃焼、安全対策においてコストの課題を克服できず、広く実用化される事が無かった。

「グリーン水素はコストが下がる」という欧州発の情報は多分にエネルギー転換を目指す政治的な意図も含まれている可能性がある。グリーン水素を鉄鋼に「コークス並みの価格」で利用を目論む場合、先行する欧米の事例を詳細に分析して実用化の課題点を明確にし、それらを広く認識する事が、まずは重要と思われる。
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